2009年09月17日

村祭り

●村祭り(南能衛作曲・作詞者不詳/文部省唱歌)

“むーらのちんじゅのかーみさまの”という、あの「村祭り」です。歌詞を見ただけですぐに頭にメロディが浮かんできますね。

 村祭り
 
 村の鎮守の神様の
 今日はめでたい御祭日
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 朝から聞こえる笛太鼓
 
 年も豊年満作で
 村は総出の大祭
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 夜までにぎわう 宮の森
 
 みのりの秋に神様の
 めぐみたたえる村祭
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 聞いても心が勇み立つ

3番の歌詞はもともとは違っていて、このようなものだったそうです。

 治まる御代に神様の
 めぐみ仰ぐや村祭
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 聞いても心が勇み立つ

戦後民主主義の流れの中で、イデオロギー的に問題ありとして書き換えられたんですね。

こういう曲はほかにもたくさんあります。まあ、書き換えについては色々ご意見があるでしょうが、私は一部を書き換えることで良い曲が生き返るのなら、それも一つの方法ではないかと思います。

私がいつも「復活させて欲しい」と思っているのは、「冬の夜」(文部省唱歌)という曲です。

 冬の夜

 ともしび近く衣縫う母は
 春の遊びの楽しさ語る
 いならぶ子どもは指を折りつつ
 日数かぞえて喜び勇む
 囲炉裏火はとろとろ
 外は吹雪
 
 囲炉裏のはたに縄なう父は
 過ぎし戦の手柄を語る
 いならぶ子どもは眠さわすれて
 耳を傾けこぶしを握る
 囲炉裏火はとろとろ
 外は吹雪

とても美しい曲なんですが、2番の歌詞に問題ありということで歌われる機会が極端に少なくなっています。これなども、書き換えて曲が生き返るのなら、そうしてもよいのではないかと私は思います。

話を「村祭り」に戻します。

私たちがふつう「祭り」というと、「夏祭り」か「秋祭り」を思い浮かべますね。

もちろん調べれば「春祭り」もいろいろあります。「雛祭り」「花祭り」がありますし、ストラヴィンスキーの「春の祭典」も春の祭りを扱ってますね。オルフが曲をつけた「カルミナ・ブラーナ」も、春のお祭り気分を歌っています。

「冬祭り」……という言葉はあまり聞きませんが、クリスマスなんかは冬の祭りということになるんでしょうか。

「夏祭り」は、日本では盆踊りなど盂蘭盆ゆかりのいろいろなお祭りが各地で開かれますし、ねぷた祭り、七夕祭り、阿波踊りなど各地の大規模な祭りもあって、夏はまさに祭りの季節という感じがします。

これに対して「秋祭り」は、これは洋の東西を問わず、収穫祭ですね。作物の収穫を喜び、神や自然に感謝する祭りです。

「村祭り」の歌詞を見ると、2番に「年も豊年満作で」とあり、新しく書かれた3番の歌詞にも「みのりの秋に」とありますので、これは秋祭りですね。

秋祭り・収穫祭というと、私はすぐに二つの曲を思い浮かべます。ハイドンのオラトリオ《四季》と、ヴィヴァルディの協奏曲集《四季》です。

ハイドンの《四季》第三部「秋」では、豊作のワインを飲んで、どんちゃん騒ぎをします。

 ばんざい、ぶどう酒だ
 樽はいっぱいだ
 さあ愉快にやろうぜ
 ばんざい、ばんざい
 声をかぎりに叫ぼうぜ

ヴィヴァルディ《四季》のうちの「秋」にも、似たような情景を歌ったソネットがついています(第1楽章)。

 村人たちは歌や踊りで豊作を祝い
 バッカスのように酒を飲み
 眠るまで楽しむ

「村祭り」では、まあ文部省唱歌だということもあるんでしょうが、お酒飲んで酔っ払ったりはしません。けれども、豊作を祝ってどんちゃん騒ぎをするという点では、ハイドンやヴィヴァルディが歌ったヨーロッパの農家と全く同じです。

人間のやることって、あまり変わらないのかも知れませんね。

あ、編成はSATBです。
posted by イネガル at 01:00| Comment(0) | 第1回コンサート曲目メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。